スーパーダイエイが万代にあった事を知っているあなた!!
立派に私と同じ、昭和生まれでございます!!
しかも年齢も二けたのはず・・・。
三桁はなかった。元々。
一桁はおられなかったような・・・。管理部の池田さん、いかが?
今や平成生まれの人が入社して来て、私など『昔の人』と
言われがち・・・。
もしかして、『あなた』もかも。
お気の毒と言おうか、可哀そうにとでも言おうか、
あなたも私と同世代である事には、違いないのであります。
ご同情申し上げます。
その昔、明治や大正生まれの先人をば、『昔の人』と
言っていた昭和の若者(勿論私も)も・・・
平成っ子が入社して来ている昨今、『昔の人』と言われたり
しているかも。
もしかして、あなたも・・・。ですよ。
そのダイエイ一階の正面、エスカレーターの
真ん前の売り場は、化粧品やブランドもの売場で、
シックで閑静で、それなりに若い女店員が、愛想よく
お客様のお相手をしてくれる。
男どもがそこを通るのに、一寸した勇気が必要だった。
その場所で『どんどんしいたけ』の原木を実演販売
しろとのダイエイさんから注文が来た。
『どんどんしいたけ』ってなんだ・・・と思われたあなた。
当社三階の奥の部屋に、その現物が展示されてます。
『玄関飾り』に、『子供の科学に』そして、大きくなったら
『料理の具材』にをコンセプトに、当社が開発した商品
なのです。
もう少し詳しく説明すると、クヌギの木に椎茸の菌を埋め
込み、適温で栽培すると、あの見慣れた椎茸となります。
そもそも、この『どんどんしいたけ』と名付けた商品は、
当時、郵便局の小包が激減し、起死回生の方法して、
郵便局の窓口で商品を販売し、購入と発送の一元化による
効率化の為商品を公募し、当社が開発したこの商品が
採用されたのです。
さて、
どこで聞いたかダイエイさん・・・
もっとも、保安警備と出入り管理をさせて頂いてはいたが。
ニコリともせず店長、手短にのたまう
『一階のコンコースで売れ・・・』
『エスカレーターの前で売れ』
『売場環境は無視して良い・・・』
『富士さんが、売り切る処を見せろ』
な~んてニヒルに言われたって・・・
あの閑静で、端整で、それなりな女子軍団の前でなど、
およそ似つかわしくない当社の男どもが・・・
特にオジサン連が、口やましく反対。
おつむが少々寂しかったり、カバ顔負けの体型(カバごめん)
だったりのオジサンは、死に物狂いで参加を反対した。
今なら完全に、パワハラのオンパレードである。
ムリ・ダメ・怖い・こっぱずかしい・めんどうetc etc
だが、でも、いつの世にも女(もとい、女性)は強かった。
当社の女子社員は、無茶(断じて無知では無い)
といおうか、度胸があると言おうか・・・
あつかましい(もとい厚顔、更にもとい)など、
思いもよらないのである。
『私らは行きます・・・』と申し出て来た。
有難い!!、
富士イズムを正しく理解している乙女たちよ、
あなたたちの頭上には、なにやら女神が
舞っているのが見えるが、夢か幻か、はたまたボケか!!
まさかとは思うが、社長室の応接テーブルに
山と積んだ大阪屋のショートケーキの効果などでは絶対ない。
と、今でも信じようと努力。
一階のコンコース、エスカレーターと出入り口に近い場所に
長テーブル5脚。
眼前の売り場には端整がずらり。
眺めが悪いわけがない。
2脚にはガスコンロ3台。 焼しいたけに生醤油と唐辛子を少々。
その匂いは館内に充満し、テーブル前はたちまちの人垣が・・・。
隣のテーブルには、『どんどんしいたけ』見本を5個。
そして、説明員5人が接客。 当初レジスターは一台だったが、ダイエーが一台追加した。
そして、一番端っこには、椎茸の原木を井桁に積みあげた。
試食用の焼き椎茸を試食された人には、
売り込み担当が、すかさず現物を手に売り込み。
右となりでは、包装紙を広げてそれを待つ梱包担当。
今や遅しとレジを打つ乙女。
それは、ベルトコンベアの上の流れ作業と化し、
そのリズムは、閉店迄途切れる事はなかった。
(この様子の写真は、3階の展示室に掲示しています)
参加者全員が『売ってこそ次がある』・・という、
戦略と、戦術の一端を体験したのだった。
もはや、お向かいの閑静で、端整な女子軍団など、
気にする暇などありはしなかった。
一部の男どもを除いては・・・。
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